アラサー元腐女子の奮闘記

恋愛奮闘記からただの奮闘記に。生きることそのものが戦い

結局自分を好きじゃないと何も始まらない

今日無気力な後輩くんと話していたが、とにかく休みの日にすることがない。

 

事の発端は「1億円当たったらどうする?」という死ぬほど暇な会話からだった。

 

1億当たったら即仕事を辞める。

そんでとりあえず海外旅行に行く。

そんで駐車場を買ってなんか良い感じに不労所得を得つつ、なんか楽しいことをしてしばらく生きる。

 

というのが私のプランだったのだが、その「なんか楽しいこと」ってなんだ?と

 

無気力な後輩くんは今のところ特に生きる目的もないし趣味もない。

お金があってもなくてもきっと楽しいことがある人は生きるのが楽しいだろうなぁと羨んでいた。

 

後輩くん的には、自分は特にお金に困ってはいないけどすることがないからとりあえず働いている。

 

彼の実家は金持ちだし、彼は底なしの自尊心欠如男なので、彼女がほしいとか誰かの役に立ちたいとか友達と何がしたいとか全くない。

 

このまま穏やかに誰にも迷惑をかけずにあと3年くらいで朽ちゆくのが目標らしい。

 

そんなことを言いつつ、彼みたいな人は長生きするんだよなぁと

 

そして楽しいことがある人を羨んでいる辺り、彼もまだ生きる気力がある。

 

彼の自尊心のなさは家族関係に起因しているようだが、家族の呪縛から逃れられれば君みたいな愉快な人間はどこへ行っても面白いし可愛がられるよ、といつも愛でている。

 

後輩くんを見ていると、自分が人に愛されていることに気づくのは『自分は愛されるに値する人間だ』と思わないと無理だというのがよく分かる。

 

彼の場合は自分で自分を愛していないことを口に出しているから、分かりやすいし可愛いなと思う。

 

助けを求めることが出来ている証拠だ。

 

くずぴの場合は、自分は愛されるに値しない人間だと口には出すが、攻撃は自分でなく他人に向いている。

 

人は汚いと言い切るのは、自分のことじゃないの?と、意地悪いツッコミをしたくなってしまう。

 

信用できないのも、汚いと思ってるのも、自分ではないの?と思うのだ。

 

人に愛されるのも、愛するのも、全ては自分次第なんだけどね