アラサー元腐女子の奮闘記

恋愛奮闘記からただの奮闘記に。生きることそのものが戦い

発言のその先

あんなこと言っちゃったな〜

傷ついたかな〜

 

とか、思わんでもないけど

ゲイの精神科医のTomyさんのツイートで

 

そこに悪意がないなら良いの

 

って言葉に励まされている。

 

悪気はなかった、悪意はなかった

それで良いのか?って思ってしまうけど

 

発言のその先の人の気持ちはその人だけの気持ちであって、私がどうにかこうにか出来るものではない。

 

その人のその時の機嫌にもよるし

好感度にもよるし

 

陥れるような気持ちで言ったこと、した事でなければそれで良いんじゃないかなと思う。

 

悪気がなかったら何しても良いのか?と、やっぱり心のどこかでは思うけど

 

でも、私が投げたアクションは私のもの

投げると決めた私のもの

 

受け取ってどうするかは相手のもの

 

私は私

相手は相手

 

私はただ、自分を信じるしかないし

相手を信じるしかない

 

それは期待とはまた違って

「怒らないでいてくれるだろう」とか「不快に思われてなかっただろう」とかそういう

コントロール的なものじゃなくて

 

私は私の名の下に、私のためにこう発言した、こうコミュニケーションを取った

 

それだけの事だと、世界と自分を切り離していきたいなぁと思うのである。